「武田信玄の城」と聞いて、聳え立つ巨大な天守閣をイメージする方も多いのではないでしょうか。
しかし、信玄公が名言「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」の言葉通り、生涯の拠点としたのは天守を持たない平時の居館でした。それが、現在の山梨県甲府市にある躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた/国指定史跡・武田氏館跡)です。
現在は武田神社として親しまれており、年間約50万人もの人々が訪れる甲府屈指の歴史スポットとなっています。

今回は、何度もこの地を訪れている筆者の体験談や考察を交えながら、躑躅ヶ崎館の奥深い歴史、絶対に見ておきたい遺構の見どころ、御朱印・御城印情報、アクセスまで分かりやすく解説します。
躑躅ヶ崎館とは?初心者向けの歴史解説
躑躅ヶ崎館は永正16年(1519年)、信玄公の父である武田信虎によって築かれました。その後、信玄公、そして勝頼公と、武田氏3代にわたり約60年間にわたって甲斐国の政治・軍事の中心地として機能した場所です。
なぜ「城」ではなく「館」だったのか?
戦国大名の居城といえば豪華な天守や高い石垣を想像しがちですが、信玄公の時代、ここは巨大な「堀」と「土塁(土を盛った壁)」で囲まれた構造でした。
信玄公は強固な城に引きこもるのではなく、領民や家臣との信頼関係を要塞とし、普段はこの館で政務を行っていたのです。(※万が一の決戦時には、背後に控える詰城「要害山城」へ移動する構えをとっていました)
明治以降、館跡は武田神社として整備され、現在は「日本100名城」にも選定されるなど、全国の城郭ファンや歴史好きが絶えない名所となっています。
初めてならココを見て!躑躅ヶ崎館の必見見どころ11選
敷地内には、現在の武田神社の境内と、戦国当時の「館」としての強固な土木遺構が見事に融合しています。

初めて訪れる方でも迷わず魅力を満喫できるよう、効率よく回れる順序(散策ルート)に沿って11箇所の必見ポイントをご紹介します!
甲府市武田氏館跡歴史館(信玄ミュージアム)
武田神社正面駐車場のすぐ近くに位置する、旅のスタート地点に最適な施設です。

館内で発掘調査の成果や復元模型をあらかじめ学んでおくことで、このあと目の前に広がる「大手門跡・角馬出し・土塁・水堀」をより深く理解し、自分の目で確かめることができます。
武田神社拝殿(本丸跡)
まずはお参りからスタートしましょう。信玄公が祀られており、強力な「勝運(自分に勝つ・ビジネスに勝つなど)」のご利益で知られています。
年間約50万人の参拝者のうち、実に約20万人が正月の初詣期間に集中するほどの人気スポットです。

訪問した日は人が多かったため撮影を控えました。AC写真からダウンロードした写真を使用します。
名水が湧き出る「姫の井戸」
信玄公の娘が誕生した際、産湯として使われたと伝わる井戸です。

現在も清らかな水が湧き出ており、延命長寿や病気平癒のご利益がある名水として親しまれています。
必見の史料が集まる「宝物殿」
神社境内にある宝物殿には、国指定重要文化財の太刀「吉岡一文字」をはじめ、武田軍の軍師・山本勘助の「信玄公文字入り陣羽織」など、武田家にまつわる貴重な史料がずらりと展示されています。

宝物殿の展示物の写真撮影は禁止となっております。
館の“顔”を守る厳戒態勢「大手外曲輪」
現在、武田神社の東側に位置するのが「大手門曲輪(大手曲輪)」です。

ここは躑躅ヶ崎館の正門である「大手門」を擁し、館の表玄関として機能していました。

発掘調査によると、ここには元々武田時代の「丸馬出」と「三日月堀」が存在していましたが、武田氏滅亡後に館に入った徳川氏・豊臣系大名たちによって改修され、より重厚な「大手外曲輪」へと生まれ変わったとされています。

武田の技術と、その後の時代の城郭改修の痕跡が重なり合う、実に興味深いスポットです。
龍華池(りゅうげいけ)

大手外曲輪を見学した後は、少し足を延ばして近くにある龍華池へ。長い階段を登っていきます。

ここは躑躅ヶ崎館跡の全体像や、かつての城下町の雰囲気を写真に収める絶好の撮影スポットです。
隠居曲輪と無名曲輪

大井夫人の隠居所:武田氏館を築いた武田信虎が、息子の信玄によって駿河国へ追放された後、信虎の妻であり信玄の生母である大井夫人が居住した場所(隠居所)と伝えられています。そのため、「御隠居曲輪」とも呼ばれます。

無名曲輪:用途が特定されていないため「無名」と名付けられた謎の曲輪です。現在は発掘調査が進められており、今後の新事実の発見が期待されています。
味噌曲輪
名前の通り、味噌をはじめとする食糧や軍需物資を保管していた場所で、館の重要な水源地でもありました。

また、信玄公の弟であり「信玄の影武者」としても知られる武田信廉(のぶかど)の屋敷があった場所としても記録されています。
西曲輪

武田氏館(躑躅ヶ崎館)の西側に位置する西曲輪跡は、天文20年(1551年)に武田信玄の嫡男・武田義信の居館として築かれたと伝えられる重要な曲輪です。

西曲輪の主な特徴と歴史
- 築城の背景: 天文20年(1551年)、武田義信と今川義元の息女(嶺松院)との婚礼に合わせて新造されました。

- 構造と防御施設: 館の中心部とは堀や土塁で区画され、独立性が高い構造です。

- 南北には敵が直進できないように工夫された「枡形虎口(ますがたこぐち)」や門跡、土塁、石垣が配されています。
- その後の歴史: 義信が謀反の疑いにより廃嫡・自害したのちの具体的な利用方法は、明確に分かっていません。
戦国時代の迫力を今に伝える「堀と土塁」

神社の周りをぐるりと囲む「水堀」と、非常に高く盛られた「土塁」は必見です。

天守や高石垣こそありませんが、立ち上がった土塁を見上げるだけで「平城とはいえ、これは強固な要塞だ」と実感できます。
梅翁曲輪

武田氏が滅亡した1582年の後、織豊期から徳川氏の支配下(1583〜1590年頃)にかけて増設・整備されました。
2026年9月21日の訪問記
今回で躑躅ヶ崎館(武田神社)への訪問は3回目となりました。
元々お城が好きで、旅先にお城があれば必ず観光ルートに組み込んでいた私。しかし、このブログを始める前までは「お城の雰囲気を味わえれば十分」で、ここまで深く遺構を見つめることはありませんでした。ですが今回は、遺構の一つひとつをじっくりと踏みしめ、武田神社周辺を深く味わってきました。
厳密にいえば、躑躅ヶ崎館は天下に名だたるような巨大な「お城」ではありません。高い土塁や深い水堀、工夫を凝らした馬出しがあるとはいえ、もし数万の大軍に包囲されたらひとたまりもないでしょう。

もちろん無防備だったわけではなく、館の背後にある山の上には「要害山城(要害城)」という詰城(いざという時の籠城用城郭)を用意してはいましたが、武田信玄公は堅固な山城ではなく、この平坦な「館」を生涯の本拠地としました。
甲斐国が周りを険しい山々に囲まれた「天然の要塞」だったという点もあります。国境の峠道で敵を食い止め、自国領内深く(甲府盆地の中心)まで敵を侵入させない自信があったからこそ、ここに館を置けたとも言えます。(もっとも、この「天然の要塞」ゆえに他国との交通や流通が限られ、甲斐の発展を妨げていたという側面もありますが……)
「ここを攻められることは絶対にない」という自信の表れだったのでしょうか。 それとも、「どんなに立派な城を構えようと、本拠地で籠城を強いられた時点で負けである」という強い思想があったのでしょうか。
私の中にある武田信玄のイメージは、まさに「攻撃こそ最大の防御」。 敵を自国に寄せ付けず、常に敵地で戦い続けることで甲斐の国と領民を守る――。
もし西上作戦の途中で倒れず、信玄公が生き続けていたら、対織田信長とどう立ち回っていたのだろうか……そんな物語の続きを妄想せずにはいられません。 躑躅ヶ崎館の土塁を見上げながら、信玄公の圧巻の軍事戦略と武田武士の誇りに思いを馳せた訪問となりました。
御朱印・御城印(100名城スタンプ)情報
訪問の記念にぜひ手に入れたいのが御朱印と御城印です。
| 種類 | 詳細 | 授与場所 |
|---|---|---|
| 御朱印(武田神社) | 信玄公の凛々しい姿が描かれた限定の見開き御朱印などが人気 | 武田神社 授与所 |
| 御城印(武田氏館) | 「武田菱」の家紋が入った武田氏館跡の御城印 | 武田神社 授与所 |
| 日本100名城スタンプ | 100名城めぐり用のスタンプ | 武田神社 授与所 / 甲府市武田氏館跡歴史館(信玄ミュージアム) |
躑躅ヶ崎館へのアクセス・駐車場情報
甲府駅から一本道でアクセスしやすく、観光の組み込みやすさも抜群です。
電車・バスでお越しの場合
- JR中央本線「甲府駅」北口より、山梨交通バス(武田神社行き)に乗車して約8分、「武田神社」下車すぐ。
- ※甲府駅北口から武田神社までは「武田通り」と呼ばれるゆるやかな上り坂の一本道になっており、気候が良い時期なら徒歩(約30分)で歴史の情緒を感じながら歩くのもおすすめです。
お車でお越しの場合
- 中央自動車道「甲府昭和IC」より約20分。
駐車場について
武田神社の参道脇に無料の参拝者用駐車場(約150台)が用意されています。 ただし、初詣期間や11月の紅葉シーズン、4月の信玄公祭り周辺の土日などは大変混雑するため、午前中の早い時間帯に訪問するのがスムーズです。
まとめ:武田信玄公の「息吹」を感じる特別な場所
天守閣が存在しない躑躅ヶ崎館ですが、だからこそ当時の武田信玄公がどのような目線で領地を見渡し、家臣や領民と向き合っていたのかをリアルに体感できる魅力があります。
館跡のすぐ隣には、発掘調査の成果や解説が楽しめる「甲府市武田氏館跡歴史館(信玄ミュージアム)」も併設されているので、併せて巡るのが圧倒的におすすめです。
甲府へ訪れた際は、ぜひ戦国最強と謳われた武田一族の拠点へ足を運んでみてください。



