【土浦城址 完全攻略】現存する門と巨大な土塁!水城(亀城)の見どころ・アクセス解説

土浦城址完全攻略 現存する門と巨大な土塁!水城の見どころ解説 城旅

茨城県土浦市にある土浦城址は、続日本100名城にも数えられる名城です。低湿地に築かれた「水城」ならではの景観と、関東地方では珍しい江戸時代の現存建築、そして石垣を使わない見事な「土塁」など、城郭ファン必見のポイントが詰まっています。

今回は、土浦城址の魅力を「門・櫓・土塁」の3つの視点から徹底解説します。


土浦城址(亀城)の歴史:水に浮かぶ「不死鳥」の城

土浦城は、室町時代に築城されたと伝えられています。

  • 別名「亀城(きじょう)」: 周囲を幾重もの堀に囲まれ、その姿が水に浮かぶ亀に見えたことから名付けられました。
  • 小田氏治の拠点: 戦国時代、「常陸の不死鳥」こと小田氏治が、本拠地を奪われるたびにこの城へ逃げ込み、再起を図った場所としても有名です。
  • 土屋氏の治世: 江戸時代には土屋氏が城主となり、水戸街道の要衝として現在の城下町の基礎を築きました。

ここが見どころ!土浦城の「三種の神器」

門:関東唯一の現存「櫓門」

櫓門
櫓門

本丸の正門である「櫓門(たいこやぐらもん)」は、土浦城最大のシンボルです。 江戸時代(明暦年間)に建てられた門が、当時のまま同じ場所に残っているのは関東でここだけという極めて貴重な遺構です。

本丸の北東に位置する「霞門」

霞門
霞門

江戸時代から残る現存遺構ですが、近年の解体修理によってその凛とした姿が守られています。新旧の部材が組み合わさった門の柱を見ていると、ただ古いものを残すだけでなく、次世代へ繋ごうとする人々の意志が感じられました。強風に耐えるその強固な佇まいは、まさに修理を経て蘇った『不死鳥』の城にふさわしいものです。

東櫓と霞門
東櫓と霞門

櫓:復元された「東櫓」と「西櫓」

本丸を囲むように立つ二つの櫓です。

東櫓と内堀
東櫓と内堀
  • 東櫓: 内部は資料館となっており、土屋家の貴重な甲冑や刀剣を見学できます。
西櫓
西櫓
  • 西櫓: 江戸時代の姿を忠実に復元しており、外観から当時の防衛の要としての威容を感じられます。

土塁:石垣に頼らない「土の城」の極致

土浦城の最大の特徴は、石垣をほとんど使わず「土塁(どるい)」で防御を固めている点です。

本丸土塀
本丸土塀
  • 巨大な土壁: 本丸を囲む高く切り立った土塁は圧巻。関東の粘土質の土を突き固めて作られており、石垣とは異なる力強さがあります。
西櫓と折れの土塁
西櫓と屈曲
  • 実戦的な構造: 土塁には「折れ」と呼ばれる屈曲があり、多方向から敵を攻撃できる工夫が施されています。

観光ガイド(所要時間・アクセス)

項目内容
所要時間約60分〜90分(博物館見学を含む)
スタンプ設置場所土浦市立博物館(休館日は東櫓)
公共交通機関JR常磐線「土浦駅」西口から徒歩約15分
車でのアクセス常磐自動車道「土浦北IC」から約15分
駐車場博物館駐車場(約50台・無料)が利用可能

旅を楽しくするヒント

水堀
水堀
  • 御城印: 博物館の受付で販売されています。季節限定のデザインが出ることもあるので要チェックです。
  • 亀城公園の亀: お城の名前の通り、お堀にはたくさんの亀がいます。のんびり散策するのも楽しみの一つ。
  • 周辺グルメ: 土浦は「レンコン」の生産量日本一。近隣の飲食店で楽しめる「土浦カレー(レンコン入り)」が絶品です。

2026年1月11日の登城記

不死鳥・小田氏治が守り抜いた「土の城」土浦城を歩く

2026年初の訪問先は「江戸を守る重要拠点」だった土浦城でした。昨年末に見事な石垣を持つ城ばかりを訪問していたせいか、急に土の温もりを感じる「土塁」を見たくなったのです。これが今回、私が土浦城を選んだ理由です。

今回は亀城公園内(本丸・二の丸)に残る主要遺構を見学しました。歩きながら感じたのは、どこか「忍城」に似ているということ。どちらも「関東平野の低湿地」という条件を最大限に活かした築城術だからでしょう。 土浦城は霞ヶ浦の湿地を利用し、水に浮かぶ姿から「亀城(きじょう)」と呼ばれ、忍城は沼地と自然堤防を利用し、石田三成の水攻めに耐えたことから「浮き城」と呼ばれました。どちらも「水」を天然の要塞としていたのです。

土浦城には、語り継ぎたい物語があります。それは「常陸の不死鳥」こと小田氏治と土浦城の絆です。 鎌倉以来の名門・小田家の当主であった氏治は、戦国時代に佐竹義重や上杉謙信といった強豪に何度も本拠地・小田城を奪われました。しかし、彼は奪われるたびに支城の土浦城(当時は菅谷氏が守備)へと逃げ込みます。 そこで兵を整え、再び小田城を奪い返すこと実に9回。この泥臭くも諦めない姿は、歴史ファンから「不死鳥(フェニックス)」と深く愛されています。

実は、忍城の成田氏と小田氏治は、共に関東の独立勢力として苦労した境遇が似ています。どちらにも共通する「泥臭さ」。それは城の作りだけでなく、歴史の波間に翻弄されながらも立ち上がり続けた「物語」そのものが似ているのかもしれません。

不屈の歴史を持つ土浦城の土塁を眺めていると、強風に煽られながらも凛として撮影に臨む新成人の姿が目に留まりました。 幾度も困難を乗り越えた「不死鳥」ゆかりのこの城で、人生の門出を迎える彼女たちの姿。その華やかな振袖が風に舞う光景は、質実剛健な土の城に、新しい時代の息吹を吹き込んでいるようでした。