【小田城】“戦国最弱”なんて言わせない!不屈の聖地「小田城跡」の見どころ5選

【小田城】“戦国最弱”なんて言わせない!不屈の聖地「小田城跡」の見どころ5選 城ガイド

茨城県つくば市にある小田城(おだじょう)。 「何度も落城した城」「戦国最弱の武将・小田氏治の居城」といったエピソードが有名ですが、実際に行ってみるとそのイメージは180度変わります。

小田城案内図
小田城案内図

そこにあるのは、関東屈指の規模を誇る「土の城」の芸術的な美しさ。そして、何度負けても立ち上がる「フェニックス(不死鳥)」のような不屈の精神です。

今回は、城郭ファンなら一度は訪れるべき小田城跡の見どころを5つに絞ってご紹介します。


何度でも蘇る「フェニックス」小田氏治の物語

小田城を語る上で欠かせないのが、城主・小田氏治です。 彼は生涯でなんと9回も小田城を奪われました。

史跡 小田城址
史跡 小田城址

しかし驚くべきは、そのうち8回まで自力、あるいは家臣の助けを借りて奪還に成功していることです。

最後の1回だけは取り戻せず、歴史の表舞台からは退くことになりますが、これほどまでに本拠地を愛し、執念を見せた武将が他にいたでしょうか?

「戦国最弱」という不名誉な呼び名よりも、何度踏まれても立ち上がる「戦国最強のフェニックス」という称号こそ、彼にふさわしいものです。

城内を歩くと、彼がこの地をどれほど愛し、守ろうとしたのかが伝わってくるはずです。

圧巻のスケール!本丸を囲む「巨大な堀と土塁」

土塁跡と堀跡
土塁跡と堀跡

小田城の見どころは何と言っても、発掘調査に基づき忠実に復元された巨大な空堀と土塁です。 本丸を囲む堀の深さと幅は、当時の防御力の高さを物語っています。

西池跡と南西虎口跡(写真奥)
西池跡と南西虎口跡(写真奥)
  • 撮影ポイント: 土塁の上に登ると、城全体の構造がよく見えます。

鉄壁の守りを体感「東曲輪」と巨大な横堀

東虎口跡
東虎口跡

本丸を孤立させる巨大な堀: 東曲輪と本丸の間には、驚くほど幅広で深い空堀が横たわっています。ここをみると、フェニックス氏治を仕留めようと迫る敵軍が、この巨大な障壁にどれほど絶望したかが想像できます。

東曲輪跡からみた堀の跡
東曲輪跡からみた横堀の跡

逆襲の拠点「南西馬出し」と虎口の造形

南西馬出跡
南西馬出跡

小田氏治が幾度となく逆襲に打って出たであろう場所、それが「馬出し」です。

南西虎口跡
南西虎口跡(正面が南西馬出跡)

門の外側に設けられたこのスペースは、敵を防ぐだけでなく、味方が出撃するための重要な拠点。

南西馬出跡と土橋跡
堀跡と南西馬出跡(右側)

小田城の馬出しは形状がはっきりと復元されており、当時の「土の城」のテクニカルな構造を間近で観察できます。

鉄道が貫通していた?「りんりんロード」と廃線跡

小田城には、他の城にはないユニークな歴史があります。かつて筑波鉄道の線路が本丸を真っ二つに貫通していたのです。

土塁跡とサイクリングコース
土塁跡とサイクリングコース

現在は「つくば霞ヶ浦りんりんロード」というサイクリングコースになっていますが、案内所付近には当時のホーム跡も残っています。歴史の重なりを感じられる、不思議な光景です。

アクセスと所要時間

最もスムーズにアクセスできる方法です。

  • 常磐自動車道「土浦北IC」から国道125号線を経由して約15分。
小田城跡歴史ひろば案内所
小田城跡歴史ひろば案内所(この施設の左側に駐車場があります)
  • 駐車場: 「小田城跡歴史ひろば案内所」のすぐ横に、無料で利用できる広い駐車場が完備されています。
  • つくばエクスプレス「つくば駅」からバス(つくバス「小田シャトル」)に乗車。「小田東部」または「小田城跡」バス停で下車し、徒歩約5分です。
  • または、JR常磐線「土浦駅」から関鉄バス「下妻駅」行きなどに乗り、「小田」バス停下車。
  • 「つくば霞ヶ浦りんりんロード」を走るサイクリストにとって、小田城跡は絶好の休憩スポットです。

本丸・東曲輪・馬出をじっくり撮影しながら回って約60〜90分

2026年3月14日の訪問記

初めて茨城県つくば市にある小田城跡を訪ねてきました。本丸跡を中心に歩いてきましたが思っていた以上に平城としては敷地が広かったです。この本丸を守る施設として南西馬出跡と東曲輪跡がありますが、これらも敷地が広いです。

調べてみると城郭全体(史跡指定範囲)は 南北550m 、東西450mの規模がありました。

これほど広大で、巨大な堀と土塁に囲まれた堅城が、なぜ9回も落城したのか。

その理由は、小田城が持つ『平城ゆえの宿命』にあるのかもしれません。見通しが良く、どこからでも攻め寄せられる広大な敷地を守り抜くには、膨大な数の兵力が必要でした。強大な佐竹氏や上杉謙信を相手に、多勢に無勢の状況を強いられたことが、落城の多さに繋がったのでしょう。

しかし、本当に不思議なのはその先です。8回も奪還できたのは、城主・小田氏治がこの広大な土地とともに、領民や家臣の心をがっちりと掴んでいたからに他なりません。城を追われても、彼を慕う人々が再び集まり、不死鳥(フェニックス)のように舞い戻る。

氏治の「領民に支えられた」というエピソードは、まさに映画的なクライマックスを想像させます。

そう遠くないうちに小田氏治は映画の主人公になりそうです。

2月に訪れた山梨の新府城(武田勝頼)が「滅びの美学」を感じさせる城だとしたら、この小田城は「再生のエネルギー」に満ちた場所でした。

今の自分に少し自信をなくしている時。このフェニックスの聖地を訪れれば、きっと前向きなパワーをもらえるはずです。