北陸地方で唯一、江戸時代以前の姿を今に伝える「現存十二天守」のひとつ、丸岡城(まるおかじょう)。
別名「霞ヶ城」とも呼ばれるこの城は、コンパクトながらもお城好きを唸らせる見どころが凝縮されています。今回は、初めて丸岡城を訪れる方に向けて、歴史の背景から絶対に外せない見どころ、アクセス、所要時間まで徹底解説します。
※今回は連休中の訪問で大変混雑しており、城内の急階段の撮影が困難でした。そのため、文章でその圧倒的な空気感を詳しくレポートします!
丸岡城の歴史:戦国時代の息吹を残す名城
丸岡城は1576年(天正4年)、織田信長の命を受けた柴田勝家の甥・柴田勝豊によって築城されました。

- 日本最古級の天守:2019年の調査で1624年頃(江戸初期)の建造と判明し、最古ではなくなりました。しかし、古風な建築様式を持つ「最古級」の貴重な現存12天守の一つであり、北陸地方唯一の現存天守です。

- 伝説の「霞ヶ城」:敵が攻めてくると霧が立ち込め、城を隠したという伝説があります。築城の際の人柱となった「お静」の守護によるものと言い伝えられており、麓には慰霊碑も建立されています。
混雑していても見逃せない!丸岡城「4つの見どころ」
写真以上にその凄さを体感できる、丸岡城ならではのポイントをまとめました。
傾斜67度!「恐怖の急階段」

丸岡城の名物といえば、城内の異常なまでに急な階段です。
- 1階から2階:65度
- 2階から3階:67度 階段というより、もはや「ロープ付きの壁」。混雑時は一歩ずつ慎重に進む必要がありますが、当時の武士たちがどれほどの緊張感でこの空間を動いていたのか、身体全体で歴史を体感できます。
雪国ならではの知恵「笏谷石(だんこくいし)の石瓦」
屋根をよく見ると、一般的な瓦とは異なる質感が分かります。

- 驚きの重量:約6,000枚の石瓦が使われており、総重量はなんと約120トン!

- 寒冷地対策:冬の寒さで土の瓦が凍結して割れるのを防ぐため、地元の笏谷石が採用されました。この重厚な質感は外観からも存分に堪能できます。
鉄壁の防御「石落とし」

天守1階の四隅には、実戦を強く意識した「石落とし」が備えられています。床の隙間から石垣を登ってくる敵を迎え撃つための仕掛けで、城内が混雑している時こそ、こうした足元の「守りのディテール」に注目です。

3世代にわたる「野面積み」の石垣

丸岡城の石垣は、自然石をそのまま積み上げた「野面積み(のづらづみ)」が主体です。一見不揃いですが、排水性が非常に高く、大雨でも崩れにくい頑丈な構造をしています。天守に入る前の待ち時間に、職人たちの技術を間近で観察してみてください。
アクセス・所要時間・駐車場情報
おひとりさまでも訪れやすい、実用的な情報をまとめました。
所要時間の目安
- 天守閣見学:約30分 〜 45分(混雑時は階段待ちを含め1時間程度)
- 公園・周辺散策:約30分
- 合計:1時間半 〜 2時間あればゆったりと堪能できます。
アクセス方法
- 公共交通機関:JR「福井駅」から京福バス(本丸岡行き)で約50分、「丸岡城」バス停下車すぐ。
- 車:北陸自動車道「丸岡IC」から約5分。インターチェンジからすぐの好立地です。
駐車場(無料)
- お城の麓にある「一筆啓上茶屋」前の駐車場が無料で利用可能です(普通車約50台)。
旅をより楽しむためのアドバイス
- 服装に注意!:急階段を上り下りするため、スカートは厳禁。動きやすいパンツスタイルと、靴を脱いで上がるため脱ぎ履きしやすい靴がベストです。
- 混雑時の撮影:急階段以外は撮影を控える場所はありませんでした。人混みの合間を縫って印象的な撮影が狙えます。
丸岡城とセットで巡る!福井の圧倒的絶景「東尋坊」

丸岡城から車で約30分。坂井市が誇るもう一つの名所、東尋坊へもぜひ足を伸ばしてみてください。
歴史の後の「大迫力の自然美」

丸岡城で江戸時代の建築美と「垂直の階段」を堪能した後は、自然が作り出した「垂直の断崖」が待っています。
- 世界的な奇勝:柱状節理(ちゅうじょうせつり)という巨大な岩柱が続く断崖は、世界に3ヶ所しかないと言われるほど貴重な景色です。
- 五感で楽しむ絶景:荒々しい日本海の波しぶき、足元から数十メートル下に広がる海。丸岡城の急階段とはまた違った「足がすくむ体験」が味わえます。
丸岡城からのアクセス
- 車:約30分(無料駐車場もありますが、商店街の駐車場を利用するのがスムーズです)。
- バス:「京福バス」を利用して、丸岡城から東尋坊まで移動可能です(直行便や乗り継ぎを確認しておくと安心です)。
訪問記
2026年5月5日、念願だった丸岡城へ初めて訪問してきました。

実際に訪れてみると、現存天守を抱えるお城としては意外にもコンパクトな印象。しかし調べてみると、かつては五角形の水堀に囲まれた広大な城郭だったそうです。明治以降の宅地化でお堀は埋まってしまいましたが、その分、今は天守がギュッと凝縮された見どころとして親しみやすくなっています。

現在の敷地は限られ、天守までの距離こそ短いものの、一歩足を踏み入れると道のりは急勾配。福井平野にある独立した小さな丘(標高約17m)を巧みに利用して築かれており、この高低差が「平城」にはない防御力を生み出している、まさに「硬城」だったことが伺えます。
そして、一番の衝撃は天守内の急階段でした。ロープなしでは登れないほどの傾斜は、私にとっても初めての経験。登る際も必死でしたが、降りる時の恐怖といったら……。手すりにしがみつくようにして、一歩ずつ慎重に降りました。
この天守は1948年の福井地震で一度完全に倒壊しています。
当時の町長や町民の熱い思いが国や全国の人たちに伝わり修復工事が承認され、寄付を集め修復費用の確保につながったそうです。

倒壊という悲劇に見舞われながらも、当時の部材を可能な限り再利用して、再びこの丘の上に立ち上がった丸岡城。そう思うと、手すりを握る手にも、単なる恐怖心だけでなく、長い年月を生き抜いてきた建物への敬意が湧いてくるようでした。

この城を築いた江戸時代の知恵と、倒壊した部材を再び組み上げた昭和の職人たちの執念。二つの時代の高い技術力に、改めて圧倒される思いでした。

これから丸岡城は「天守の耐震化」と「保存修理工事」を目的とした令和の大改修が行われます。期間は2026年(令和8年)5月11日~2027年(令和9年)11月末(予定)です。

江戸、昭和、そして令和。新たな職人たちの技術が加わり、さらに強く美しく生まれ変わる丸岡城に、再び会える日が今から楽しみでなりません。


