2015年に再び国宝に指定された島根県の松江城。その理由は、単に古いからではありません。築城の名手・堀尾吉晴が、関ヶ原の戦いからわずか10年余りで築き上げた「実戦本位」の設計が、今も奇跡的に残っているからです。
天守(国宝):漆黒の要塞と「再指定」の謎

松江城の天守(天守入り口付近はappleのクリーンアップ機能を使用しております)
松江城天守は、平和な江戸時代の象徴ではなく、激動の戦国時代を象徴する意匠を纏っています。
- 下見板張り(したみいたばり): 外壁を覆う黒い板は、山陰の厳しい風雨から城を守り、同時に威圧感を与えます。

- 包板(つつみいた): 天守内の柱の約8割に施された補強技術。質の悪い木材を板で囲い鉄輪で締めるこの技法は、松江城最大の特徴です。

- 国宝再指定の鍵「祈祷札」: 2枚の祈祷札の釘跡が、天守地下の柱と一致したことで、築城時期(1611年)が確定。これが国宝返り咲きの決定打となりました。

- 地階の井戸:現存12天守の中で、天守の中に「井戸」があるのは松江城だけです。深さ24mの井戸は、籠城戦で最も重要な「水」を確保するためのリアリズムの象徴。

- 四隅にある「石落とし」:など、外観の優美さとは裏腹な、殺気すら感じる実戦装備に圧倒されます。
門と橋:敵の勢いを削ぐ「死の動線」
お城ファンが注目すべきは、現存する構造物だけでなく、その「跡」に残る防衛思想です。

- 二ノ門跡と馬溜(うまだまり): 攻め手が最初に直面する広大なスペース。ここで敵を足止めし、四方の石垣から一斉射撃する設計です。

- 一ノ門(いちのもん)跡: 本丸の正門。かつては巨大な櫓門が鎮座していました。ここにある「鏡石(かがみいし)」と呼ばれる巨大な石は、城主の権威の象徴。ぜひその大きさを体感してください。

現在の島根県庁舎は、かつての「三ノ丸」に位置しています。そこから「二ノ丸」へと入る場所に架かっていたのが、千鳥橋(御廊下橋)です。
この千鳥橋(御廊下橋)は、三ノ丸にある「御殿(藩主の生活の場)」と、二ノ丸の表御殿や天守側を結ぶ重要な連絡通路でした。

- 屋根と壁の役割: 藩主が移動する際、その姿を外部(特に城外)から見られないようにするための目隠しでした。
- 格式の象徴: 屋根付きの橋は、格式の高い城に見られる特徴であり、松江城の政治的拠点としての重要性を示しています。

- 堀の深さと防御: この橋が架かっている堀は非常に深く、有事の際にはこの橋を「切り落とす」ことで、三ノ丸を突破した敵軍が二ノ丸へ侵入するのを完全に阻止する設計になっていました。
- 二ノ丸の孤立化: これにより、城の心臓部(二ノ丸・本丸)を独立した要塞として機能させる「最終防衛線」の役割を果たしていました。
石垣:刻印が語る職人たちのプライド

松江城の石垣は、荒々しい「野面積み」から、加工を施した「打ち込み接ぎ」への過渡期を見ることができます。

- 打ち込み接ぎの美: 角の部分には「切り込み接ぎ」に近い精巧な技術が使われており、400年以上経った今も美しい稜線を描いています。
- 石垣の「刻印」: 門の跡や本丸周辺の石垣には、職人が彫った「分銅」や「五角形」などのマークが点在しています。これを探すのも、お城歩きの醍醐味です。
櫓(やぐら):復元された三つの守護神

平成13年に伝統工法で復元された「南櫓」「中櫓」「太鼓櫓」。

- 太鼓櫓(たいこやぐら): 城内に時を告げる役割と、北東の鬼門方向を監視する軍事的な役割を兼ね備えていました。


櫓の中は自由に入れるぞ。
- 伝統工法の継承: 復元された櫓の内部では、釘を使わない組み木など、江戸時代当時の大工技術を間近で見学できます。
アクセスと所要時間
国宝・松江城へのアクセス方法と、観光に必要な所要時間の目安をまとめました。
アクセス方法と時間
最寄り駅であるJR松江駅からのアクセスが一般的です。
- 路線バス(おすすめ): 約10分〜15分(運賃:170円〜210円程度)
- 「ぐるっと松江レイクライン」(観光巡回バス)または一般路線バスで「松江城(大手前)」下車すぐ。
- 徒歩: 約25分〜30分(約2km)
- 松江の市街地を抜け、大手前通りを真っ直ぐ進むルートです。
- タクシー: 約10分
観光の所要時間
見学のスタイルに合わせて、以下の時間を予算立てるのがおすすめです。
| 観光スタイル | 所要時間の目安 | 内容の詳細 |
| 天守のみ(サクッと見学) | 約40分〜50分 | 正面入口(大手前)から入り、国宝天守に登って戻る基本コース。 |
| 城内じっくり見学 | 約1.5時間〜2時間 | 天守に加え、本丸、復元された三つの櫓(南櫓・中櫓・太鼓櫓)、二ノ丸などをゆっくり回るコース。 |
| 城下町・遊覧船セット | 約3時間〜半日 | 堀川めぐり(遊覧船:約50分)や、塩見縄手の武家屋敷、小泉八雲記念館など周辺も含めた観光。 |
旅の失敗、国宝の奇跡。松江城で出会った築城の天才・堀尾吉晴に魅せられて
2025年12月28日、初めての島根県。松江駅に降り立ち、早速チェックインに向かいましたが、そこで「大きな」やらかしをしました。私は「無類の」ドーミーイン好きで、出張や一人旅の宿は「決まって」ドーミーインです。理由は温泉付きの大浴場があるからです。
今回も予約していたのですが、松江駅前ではなく、雲南市の施設を予約していました。「ドーミーインEXPRESS松江」でチェックインの手続きを進めている時に気づいたのです。このような宿泊予約のミスは人生で初めてでした。

いたたまれない気持ちになり、逃げるようにしてホテルを後にし、松江城へ向かいました。ライトアップされた城を撮影し、少し心が落ち着いたところで、宿をどうするか真剣に検討を始めました。

選択肢は2つ。雲南市の宿へ向かうか、松江駅周辺で探し直すか。調べたところ、松江駅前のドーミーインは満室。もう一つの野乃(ドーミーイン系列)は空きがあるものの、やや高め。松江城付近にある島根県物産観光館の通りで5分ほど悩み抜いた末、予約していた宿はキャンセルし、城の近くにある「比較的安価な温泉付きの宿」に泊まることにしました。レンタカーなら迷わず雲南へ向かいますが、電車とタクシーを乗り継ぎ、最悪の場合は駅から徒歩25分という条件では、選ぶことができませんでした。
翌朝、12月29日は快晴でした。昨夜の失態を頭の片隅に追いやるほど、最高の城見学となりました。さすがは国宝、見事な建築物です。天守内は撮影可能だったので、夢中でシャッターを切りました。天守内の井戸は「底が見えないほど深く」、見ているだけで足がすくむような怖さがありました。

最上階からは松江の街並みや宍道湖、そして遠く大山(だいせん)を望むことができました。天守を歩いていると、ここは単なる「見せるための城」ではなく、最後まで戦い抜くための「要塞」なのだと「確信させられます」。

遺構を歩いている時、ふと疑問が湧きました。築城者である堀尾吉晴は、なぜこの場所に、これほど立派な天守を建てることができたのか。訪問前、私は彼のことをよく知りませんでしたし、正直関心もありませんでした。しかし、今や興味が止まりません。少し調べてみると、彼は戦国最強クラスの「築城・都市開発のプロ」だったようです。

旅は「出会い」だと言われますが、松江城を訪れたからこそ、私は堀尾吉晴という人物に出会えました。今後、彼に関する文献を漁ってみるつもりです。彼を主役にした特集記事も組めそうです。



