埼玉県行田市にある忍城(おしじょう)は、映画『のぼうの城』の舞台として知られ、関東七名城の一つに数えられる名城です。石田三成の驚異的な「水攻め」を跳ね返したことから「浮き城」の別名を持ちます。
本記事では、忍城の波乱に満ちた歴史から、現在の見どころ、周辺の聖地巡礼スポットまで、観光前に知っておきたい情報を凝縮してご紹介します。
※本記事はアフィリエイト広告を利用しています。
忍城の歴史:なぜ「難攻不落」と呼ばれたのか?

忍城が歴史にその名を刻んだのは、1590年の豊臣秀吉による「小田原征伐」です。
- 石田三成の水攻め: 秀吉の命を受けた三成は、城の周囲に28kmもの堤(石田堤)を築き、水を流し込む大規模な作戦を決行しました。
- 「浮き城」の伝説: 城が沈まなかったのは、沼地という地形と、堤防の決壊、そして城代・成田長親(のぼう様)による奇策があったからと言われています。
- 不落のまま開城: 小田原の本城が降伏するまで忍城は落ちることがなく、その堅牢さを天下に示しました。
奇策は映画や小説『のぼうの城』で確認してみてください!

のぼうの城 上下巻セット (小学館文庫)

のぼうの城 スペシャル・プライス [Blu-ray]
映画『のぼうの城』の聖地巡礼ポイント
映画の世界観を体感できるスポットを巡るのが、現代の忍城観光の醍醐味です。

- 忍城趾の御三階櫓(ごさんかいやぐら): 再建された櫓は行田のシンボル。内部の博物館では水攻めの資料が充実しています。

- 水城公園(外堀跡): 城を囲んでいた巨大な沼地が公園に。歩くだけで「水に守られた城」の構造が理解できます。

- 石田堤碑(いしだづつみひ):石田三成が忍城(行田市)を水攻めにするために築いた巨大な堤防の跡です。

- 石田堤史跡公園: わずか数日で築かれた巨大な堤防の跡。当時の圧倒的なスケール感に驚かされます。


丸墓山古墳は行けず、写真は「写真AC」から。
- 丸墓山古墳(石田三成陣跡): 忍城を一望できるこの場所は、三成が実際に指揮を執ったとされる「映画の視点」そのものです。
必見の見どころスポット
おひとり様でも、歴史好きでも楽しめる忍城址の敷地内(本丸跡地)にある主要スポットを紹介します。

- 行田市郷土博物館: 忍城の歴史だけでなく、国宝の鉄剣が出土した「埼玉古墳群」や、伝統産業の「行田足袋」についても学べます。(令和7年12月1日(月)~令和8年1月3日(土)は休館)

- 本丸土塁:城内唯一の「現存」遺構。

- 東門(復元):本丸の東側の入口として再建された、立派な薬医門(やくいもん)形式の門です。御三階櫓(ごさんかいやぐら)と一緒に写真に収まる人気のフォトスポットです。

- 伝・進修館(しんしゅうかん)表門(現存・移築):忍藩の藩校だった「進修館」の表門と伝えられている門で、本丸の西側に移築されています。行田市内に唯一残る、当時の武家屋敷の表門とされる非常に貴重な遺構です。

- 高麗門(形式の門):郷土博物館の駐車場脇にあります。どこの門だったかは詳しく判明していませんが、城門らしい「高麗門(こうらいもん)」の形を残しています。

- 忍城の時鐘(じしょう):実は、忍城には「本物」と「複製」の2つの鐘が存在します。外に吊るされているものが「複製」で「本物」は行田市郷土博物館の展示室の中に常設展示されています。

- 忍東照宮:神社が位置するのは、かつての忍城の「諏訪郭(すわくるわ)」があった場所です。周囲が開発される中で、明治の伐採を免れた木々が豊かな鎮守の杜として残っており、城下町の面影を感じさせます。映画『のぼうの城』で知られる忍城の歴史をたどりながら、本丸跡(行田市郷土博物館)から歩いてすぐ参拝できるのが魅力です。
行田グルメ:食べ歩きに必須の「ゼリーフライ」
観光の合間に欠かせないのが、行田市民のソウルフードです。

- ゼリーフライ: おからとジャガイモをベースにした、衣のないコロッケ。
- フライ: 小麦粉を薄く焼いた、お好み焼きのような懐かしい味。 水城公園周辺に名店が多いとのこと。

筆者はかねつき堂を利用しました。酒のおつまみにしたかったのでゼリーフライとフライたまご入りをテイクアウトしました。お酒とゼリーフライの組み合わせは最高でした。
忍城へのアクセス・基本情報
- 住所: 埼玉県行田市本丸17-23
- アクセス: 秩父鉄道「行田市駅」徒歩15分、またはJR「吹上駅」よりバス。
- 駐車場: 無料駐車場完備(約50台)。
じゃらんで忍城址周辺の宿泊施設を探す。
楽天トラベルで忍城址周辺の宿泊施設を探す。
所要時間
標準的な見学(約60分〜90分)
博物館と再建された櫓をメインにする一般的なコースです。
- 行田市郷土博物館(忍城址):約45分〜60分
- 館内の歴史展示の鑑賞+御三階櫓(外観復興)に登る時間。
- 忍東照宮・忍諏訪神社:約15分〜20分
- 博物館から徒歩すぐ。参拝と境内散策。
「のぼうの城」の世界に浸る散策(約2時間〜3時間)
「広大な敷地」の面影を追いかけるなら、少し足を伸ばすのがおすすめです。
- 城址公園・本丸跡周辺:+30分
- 鐘楼や門、伝進修館表門など、城郭の雰囲気が残る場所をのんびり歩く。
- 水城公園(すいじょうこうえん):+40分〜60分
- 当時の広大な水堀の跡を利用した公園です。「船で移動する観光地」というイメージに最も近い、水辺の風景が楽しめます。博物館から徒歩10分ほどです。
便利なチェックポイント
- 開館時間: 郷土博物館は 9:00〜16:30(入館は16:00まで)です。
- 休館日: 月曜日(祝日の場合は翌日)と毎月第4金曜日などが休館なのでご注意ください。
- 甲冑隊に会えるかも: タイミングが合えば「忍城おもてなし甲冑隊」の演舞や案内(10〜15分程度)を楽しむこともできます。
おすすめの組み合わせ
もしお時間に余裕があれば、忍城から車やバスで10分ほどの「さきたま古墳公園」(石田三成が陣を張った丸墓山古墳があります)まで行くと、忍城を攻略しようとした側の視点も体験でき、さらに「もったいないほどの広大さ」を実感できるかと思います。
2025年12月の登城記
2025年12月20日に訪問してきました。自宅を出たのが9時ごろ。10時30分ごろ、東北自動車を走っていると雨が強くなってきました。憂鬱な気分になりましたが、忍城に近づけば近づくほど雨足が弱くなってきました。
11時30分ごろ、行田市郷土博物館の駐車場に到着しました。雨は完全に止んでました。幸先よいスタートを切ったと思ったところ、行田市郷土博物館は館内工事のため令和8年1月3日(土)まで休館でした。事前に調べなかった自分を呪いました。
忍城は、かつては本丸の他に二の丸、三の丸、諏訪曲輪などの曲輪(くるわ)で構成される本格的な城でしたが、明治の廃城令で取り壊されました。現在は本丸を中心に復元・整備された公園となっております。

最大の見どころは戦国時代にはなかった「御三階櫓」。「御三階櫓」という控えめな名前ですが、見た目はどこからどう見ても「天守閣」でした。
なぜ、櫓扱いにしたのか。理由は幕府への配慮です。「天守を建てます」と言うと謀反の疑いをかけられかねないため、「これはあくまで荷物置き場や物見用のただの櫓(やぐら)です」という名目で許可を取ったそうです。
しかし、見れば見るほど天守閣です。
水城公園へは忍城から歩きました。水城公園はまさに往時の忍城の「縄張り(敷地)」の真っ只中でした。Googleマップを見て頂きますと理解できますが、かなり広範囲まで城の縄張りでした。
水城公園がある場所は、かつて「忍沼(おしぬま)」と呼ばれた巨大な沼地でした。この沼が天然の外堀として機能しており、攻めてきた石田三成の軍勢は足を取られて近づくことすら困難でした。石田三成が力攻めを避け水攻めにした理由がわかります。
東照宮も訪問してきました。東照宮が建っている場所こそ、かつての「のぼう様(成田長親)」や成田一族が日常を過ごし、評議を行っていた「御殿」があった場所ではないかという説があります。
だからなのか、県道を渡って東照宮の鳥居をくぐった瞬間、空気が変わる感覚を味わうことが出来ました。県道はかつての本丸と二の丸を分かつ巨大な堀でした。
忍城の当時の広大な敷地がそのままに残されていれば、全国の名城に引けを取らぬ威容を今に伝えていたことでしょう。かつての壮麗な姿を想像するたびに、もったいないような、何とも言えぬ惜惜(せきせき)たる思いが胸をよぎります。
もし叶うなら、堀を渡る橋や舟が行き交う、水の都のような風情ある観光地としての姿も見てみたかったものです。


