日本一の規模を誇る「高取城跡」徹底解説:豊臣秀長が変貌させた歴史と圧倒的な石垣の見どころ

日本一の規模を誇る「高取城跡」徹底解説:豊臣秀長が変貌させた歴史と圧倒的な石垣の見どころ 城ガイド
日本一の規模を誇る「高取城跡」徹底解説:豊臣秀長が変貌させた歴史と圧倒的な石垣の見どころ

「日本三大山城」の一つに数えられる奈良県高取町の高取城跡。標高583mの高取山山頂に築かれたこの城は、山城としては類を見ない壮大な規模を誇ります。

特に、豊臣秀吉の弟である豊臣秀長(とよとみ ひでなが)の命による大改修を経て、近世城郭へと変貌した歴史が最大の特徴です。登城の難易度に見合う、圧倒的なスケールと歴史ロマンを、見どころやアクセスと合わせてご紹介します。


豊臣秀長が「近世山城」へと変貌させた歴史

七ツ井戸からの石垣
七ツ井戸からの石垣

高取城の起源は南北朝時代にまで遡りますが、現在の巨大な石垣群と城郭の骨格を築いたのは、天下人・豊臣秀吉の弟である秀長の時代です。

大和支配の要としての位置づけ

天正13年(1585年)、秀吉は弟の秀長に大和国(現在の奈良県)を与えました。秀長は大和郡山城を居城としましたが、国の防衛と支配体制の強化のため、重臣に重要な支城を任せます。

  • 城主: 秀長は、有能な家臣であった本多利久(ほんだ としひさ)に高取城を任じました。
  • 大改修の開始: 天正17年(1589年)、利久は秀長の命を受けて、山城としては異例の大改修に着手します。

本多利久とはどんな人物か?

本多利久は、戦国時代末期から江戸時代初期にかけて活躍した武将です。

豊臣秀長に仕えた重臣

利久は尾張国(現在の愛知県)の出身で、初めは「水野半右衛門」と名乗っていました。その後、豊臣秀吉の弟である豊臣秀長に仕え、その有能さから重用されました。

秀長が大和国(奈良県)の支配を任されると、利久は南大和の軍事拠点である高取城の城主(2万5千石)を任されました。これは、秀長が利久に絶大な信頼を寄せていた証拠と言えます。

高取城を近世城郭に変貌させた天才

本丸跡の石垣
本丸跡の石垣

彼の最大の功績は、天正17年(1589年)頃に秀長の命を受けて行った高取城の大改修です。

  • 築城の達人: それまでの高取城は、地元の豪族が築いた土塁中心の山城でしたが、利久は平城の築城技術を山城に取り入れ、本格的な天守や巨大な石垣を築き上げました。
  • 日本一の山城を完成: その結果、高取城は山城としては類を見ない広大な郭(曲輪)と堅牢な防御力を備えた「近世山城の最高傑作」と称される姿に生まれ変わりました。現在の高取城跡で見られる壮大な石垣のほとんどは、利久の時代のものです。

山城から近世城郭への進化

太鼓御櫓台と新御櫓
太鼓御櫓台と新御櫓

本多利久によって進められた改修により、高取城は単なる砦から、天守や櫓、強固な石垣を備えた本格的な近世城郭へと生まれ変わりました。

秀長は、自身の領地である大和国の軍事的な安定を図るため、高取城を南大和の拠点として整備させたのです。この改修により、高取城は総面積6万坪(約20ヘクタール)という日本一の規模を誇る山城となりました。

 歴史のポイント

高取城は、豊臣秀長の政治力と、家臣である本多利久の築城術によって、戦国期の山城の概念を大きく超えた、近世の最高水準の防御力を備えるに至ったのです。


圧巻のスケール!高取城跡の三大見どころ

天守台跡の石垣
天守台跡の石垣

高取城跡の魅力は、何といってもその巨大なスケールと、山肌に残る美しい石垣です。

圧倒的な石垣群(日本一の比高)

高取城跡は、現存する城跡の中でも最も高低差(比高)がある城の一つです。

  • 総延長約30kmの壮大さ: 高取山の山頂から麓まで、石垣が連なる様子はまさに壮観。
大手門跡
大手門跡
  • 城の顔・大手門跡の枡形: 城の防御の要であった大手門(追手門)は、巨大な枡形(四角い空間)を形成しており、当時の厳重な警備体制を肌で感じられます。

本丸への道「一升坂」と「七曲り」

本丸への道
本丸への道

山城を攻める難しさは、登城路に集約されています。

  • 一升坂: 石垣の石材運搬が非常に困難であったため、「米を一升食うほど大変」だったことから名付けられたとされる急坂です。ここを登り切ることで、城の堅固さを体感できます。
  • 七曲り: 本丸へと続く道が、何度も鋭角に折れ曲がる構造。敵の侵入を防ぐための工夫であり、当時の築城技術の高さを示しています。

天守台と国見櫓からの絶景

天守台跡
天守台跡

現在の高取城跡に建物は残っていませんが、礎石が残る天守台からは、かつて巨大な天守がそびえていた威容を想像できます。

国見櫓からの眺め
国見櫓からの眺め

また、国見櫓跡からは、大和盆地から飛鳥方面、さらに吉野の山々までを見渡すことができ、城主がこの地から領地を見守っていた当時の心境に思いを馳せることができます。


アクセス・登城の難易度

高取城跡は山城であるため、登城にはしっかりとした準備が必要です。

項目詳細
所在地奈良県高市郡高取町
アクセス近鉄吉野線「壺阪山駅」下車。駅前または高取町観光案内所から登城(徒歩約90分〜2時間)。
駐車場壺阪寺周辺に有料駐車場あり(壺阪寺駐車場から登城する場合、城跡まで徒歩約40分)。
登城時間ルートによりますが、片道1時間30分〜2時間を目安としてください。
難易度中〜上級者向け。 山道のため、スニーカーではなくトレッキングシューズの着用を推奨します