千葉県佐倉市にある佐倉城址公園は、石垣をほとんど使わない珍しい「土の城」として知られています。現在は広大な敷地が公園として整備されており、歴史的な防御遺構と豊かな自然が魅力です。
この記事では、佐倉城址公園内に焦点を絞り、佐倉城の防御技術を物語る重要な遺構など、「絶対に見るべき見どころ10選」をご紹介します。
📍 佐倉城址公園・土の城の遺構と見どころ10選

佐倉城の最大の特徴は、堅牢な防御を誇った土塁(土で築かれた壁)と空堀(水のない堀)です。これらの遺構を巡ることで、他の城では味わえない、戦国〜江戸時代の城郭技術を体感できます。
巨大馬出空堀(かくうまだしからほり)

佐倉城のシンボルであり、全国屈指の規模を誇る壮大な空堀です。防御の最前線として機能したこの堀は、敵の侵入を防ぐために深く掘り下げられています。その規模の大きさと複雑な構造は圧巻で、「土の城」の防御力を肌で感じられる、最も重要な見どころです。
天守閣跡(天守台)

天守閣の建物は現存していませんが、土塁の上に瓦屋根のデザインが施された天守台が残っています。現在は佐倉城址公園の中心地にあり、かつて城を見下ろしたであろう場所からの広場の眺めを楽しめます。

夫婦モッコク(めおとモッコク)

天守閣跡の脇にそびえ立つ、樹齢約400年といわれる千葉県指定の天然記念物です。力強い幹が寄り添うように立っている姿から名付けられました。佐倉城の歴史を見守ってきた、生命力の象徴のような存在です。
薬医門(やくいもん)

佐倉城内に現存する唯一の建築物です。もともとは佐倉藩校の正門として使われていたもので、城の建物としては貴重な歴史を今に伝えています。

南出丸・西出丸跡と水堀

城の主要部を守るために突き出た防御施設、出丸の跡です。特に西出丸跡の周囲には、土塁と水堀が残されており、佐倉城が天然の地形と水利を巧みに利用していたことがよくわかります。

空堀と土塁の断面

公園の散策路を歩くと、土塁と空堀が目の前に現れます。空堀の深さと、土塁の高さや急峻さを見ることで、いかに敵の侵入が困難であったか、「土の城」の防御力を実感できます。

二の丸跡

二の丸エリアは現在、歴博の敷地として整備されているため、城の遺構として残っているものは少ないですが、「この広大な敷地全体が、かつての重要な曲輪であった」と意識しながら歩くのが、二の丸を楽しむ最大のポイントです。
国立歴史民俗博物館(歴博)
佐倉城の二の丸・椎木曲輪など、城の主要な曲輪跡に建っています。建物自体が城の広大な敷地の一部であり、歴博の周辺を歩くことはそのまま城の歴史を感じることにつながります。
樹木と四季の景観
佐倉城址公園は、桜の名所としても非常に有名です。春には約1,100本の桜が咲き乱れ、秋には紅葉が土塁や堀を彩ります。遺構だけでなく、季節ごとの美しい景観も大きな見どころです。
姥が池(うばがいけ)

佐倉城址公園内にある、水堀の近くの小さな池で、地元の伝承が残る場所です。
- 伝説的な景観: 姥が池は、静かで神秘的な雰囲気に包まれており、特に周囲の樹木や季節の草花が水面に映る様子が風情豊かです。佐倉城跡の自然美を楽しむスポットの一つとなっています。
- 悲しい伝説: この池には、戦乱で命を落とした乳母(うば)が、自分の子供の安否を気遣い、この池から水面を覗き込んだという悲しい伝説が残っています。この伝説が、池の静けさと相まって、歴史の重みを感じさせます。

🏯 佐倉城址公園(佐倉城跡)インフォメーションとアクセス
佐倉城址公園は、江戸時代に佐倉藩の居城であった佐倉城の跡地を利用して整備された広大な公園です。
| 項目 | 詳細情報 |
| 所在地 | 〒285-0017 千葉県佐倉市城内町 |
| 入場料 | 無料(公園および主要な遺構の散策) |
| 開園時間 | 常時開園 |
| 休園日 | なし(年中無休) |
| 主な見どころ | 巨大馬出空堀、天守閣跡、夫婦モッコク、薬医門、土塁、水堀 |
| 隣接施設 | 国立歴史民俗博物館(歴博)※歴博の入場は有料 |
| 所要時間(佐倉城跡のみ) | 1時間から1時間30分 |
🚃 アクセス(電車と徒歩)
最寄りの駅は2つあります。
| 路線 | 最寄り駅 | 所要時間(徒歩) |
| 京成本線 | 京成佐倉駅 | 北口から徒歩 約15〜20分 |
| JR総武本線 | JR佐倉駅 | 北口から徒歩 約25〜30分 |
🚗 アクセス(車)
| 道路 | IC | 所要時間 | 駐車場 |
| 東関東自動車道 | 佐倉IC | 約15分 | 佐倉城址公園駐車場(無料)をご利用ください。ただし、台数に限りがあるため、特に週末や桜の時期は混雑することがあります。 |
🚌 バスを利用する場合
京成佐倉駅またはJR佐倉駅から、佐倉市循環バス「内郷(ないごう)ルート」に乗り、「国立歴史民俗博物館」または「佐倉城址公園入口」で下車すると便利です。
佐倉城跡登城記
2025年12月6日に登城してきました。〇〇年前に国立歴史民俗博物館(歴博)を訪問したことがあります。その時は城跡の見学はしておりませんでしたので、実質初めての登城となります。

博物館近くの駐車場を利用し城を見学した場合、一番最初に見るのが「巨大馬出空堀」となると思います。「巨大馬出空堀」を目の当たりにし、その規模の巨大さ、防御構造の完成度、保存状態の良さが国内トップレベルの遺構と言われるのも納得がいきました。正直、「これだけ見れば十分ではないか」と思うほどの迫力でした。
佐倉藩には徳川一門や有力な譜代大名が歴代藩主に任ぜられました。「川越城」と並んで「老中の城」と称されるほどでした。特に、延享3年(1746年)以降、明治維新まで定着した堀田家は、幕閣で重要な地位を占めました。
それだけあって、佐倉城は、関東有数の規模を誇る平山城(ひらやまじろ)の一つとして知られています。
佐倉城跡を散策してみると老中の城と言われた理由がわかります。敷地の広さや美しい空堀、そして気品の高さを感じました。
佐倉は「学都」として栄え、特に幕末の蘭学や西洋医学(順天堂)の中心地でした。この高い文化水準が、江戸の文化の影響を深く受けていたことを示しています。

この「学問の佐倉」という土壌があったからこそ、城跡の広大な敷地は明治期に陸軍施設を経て、後に日本の歴史・民俗学を研究する国立の機関(国立歴史民俗博物館)が建つ場所として選ばれたとも言えるでしょう。
非常に満足できた登城でした。



